執筆者紹介:佐藤 泉純(さとう いずみ)
子どもたちからの愛称は”いずみ先生”で、専門の楽器はヴァイオリン。個人実技レッスンコース・ヴァイオリン科講師やジュニアオーケストラコースにおける演奏指導、ヴァイオリングループレッスンの主導講師を担当。教会で讃美歌を歌って育ち、中学時代に合唱部を部長として率いた経験から、やわらかく美しい歌声で合唱や集団レッスンをリードすることも。また、高いデザインスキルを活かしてアノネ音楽教室のWebページの作成も手がけるなど、さまざまな方面からアノネ音楽教室を盛り上げています。
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『球根の中には』
春の訪れが待ち遠しいこのごろ、心温まるできごとがありました。
1年前まで私のもとでヴァイオリンレッスンを受けていたAちゃんと、久しぶりにお話することができたのです。
そのとき、彼女はこんなことを言いました。
「私には特技が3つあるんだよ。ピアノとヴァイオリンとアルトホルン!」
思いもよらないAちゃんの言葉に、私は嬉しくて胸がいっぱいになりました。
彼女との出会いは今から約4年前。表現することが大好きなAちゃんは、曲に合わせて踊ってみたり、自分から曲のイメージを考えたりと、レッスンを楽しみながらヴァイオリンに取り組んでいました。
そんなAちゃんがはじめて壁にぶつかったのは、検定試験(*1)の準備が始まったころでした。課題曲を決め練習を進めていたある日、「この曲嫌い」とこぼしたのです。
普段のレッスンで、Aちゃんからそんな言葉が出たことはありません。コミュニケーションの取り方を何か間違えてしまっただろうか!? と私は内心大あわてで話を聞くことに。ヒアリングしていくうちに、だんだん彼女の本心が見えてきました。
この曲は嫌い。楽しくない。練習もしたくない。でも、本当は上手に弾きたい。
Aちゃんの心の中には「こうなりたい、こう弾きたい」という理想があり、そうではない現実の自分とのギャップから、「嫌い」という言葉が出てきたのでした。それなら弾けるようになって「嫌い」を克服していこう!と言ってはみたものの、この「できない自分」との葛藤が、いつものレッスンを今までと違うものに変えていきました。
ある時は「上手になれなくてもいいもん、もうやめる!」と言って私と大ゲンカをしたり、そうかと思えば、ある時は「弾けるようになるまでベーシックコース(*2)の授業に行かない!」とこだわって居残り練習をしたり。Aちゃんのお母さまとは、こまめに連絡を取り合いながらも「最後はいずみ先生にお任せします」と送り出してくださいました。
一方、私は「このままだと、Aちゃんはヴァイオリンに苦手意識を持つどころか、頑張れない自分のことまで嫌いになってしまうんじゃないか。そうなってしまうくらいなら、今回の試験は見送ったほうがいいんじゃないか」と何度も悩みました。その度に「今のAちゃんの努力を、私がなかったことにしてしまってはいけない」と考えなおして、毎回のレッスンに臨みました。
そして検定試験当日。無事撮影を終えられた彼女とレッスン室で喜び合ったことは、今でも鮮明に覚えています。
そんなAちゃんでしたが、後に他の習い事の関係でアノネを卒業することになりました。別れを惜しみながら、彼女の未来を応援するために私は笑顔で送り出しました。
Aちゃんが卒業してしばらく経ったある日、お母さまとお話する機会がありました。
その際に、「そういえば先生、最近Aはブラスバンド部に入ってアルトホルンを吹いてるんですよ」と動画を共有してくださいました。そこにはブラスバンドの一員として楽器を吹いているAちゃんの姿が!
Aちゃんにとって、ヴァイオリンの練習は楽しいだけの時間ではなかったかもしれません。けれど今、Aちゃんが冒頭の言葉のように「特技なんだ」と言えるくらい大きな自信につながっていることが、あのときの彼女の葛藤や頑張りが報われたようで、自分のことのように嬉しかったのでした。
誰しもなにかに挑戦するときは、壁にぶつかったり、思い通りにならなくて葛藤したりすることがあるかと思います。それでも、乗り越えた先には、きっとそこでしか見られない景色がある。そう信じて、これからもここぞという瞬間を見逃さずに背中を押せる人でありたいです。
最後に一曲、歌をご紹介してこのコラムを締めくくりたいと思います。
「球根の中には」という曲で、キリスト教の「イースター」と呼ばれるお祭りの時期に歌われる讃美歌です。寒く厳しい冬の中、人知れずどこかで春が芽生える。辛いとき、不安なとき、それでも未来に希望があると信じる力をくれる歌です。
もうすぐ春がやってきます。これからも保護者の方と一緒に、大変さも喜びも分かち合いながら、子どもたちの成長を近くで見守り歩んでいきたいと思います。
「球根の中には」
球根の中には 花が秘められ
さなぎの中から いのちはばたく
寒い冬の中 春はめざめる
その日、その時をただ神が知る
沈黙はやがて 歌に変えられ
深い闇の中 夜明近づく
過ぎ去った時が 未来を拓く
その日、その時をただ神が知る
出典 『賛美歌21』(日本基督教団讃美歌委員会 編) 第575番「球根の中には」より
(*1)検定試験…毎年5月ごろに実施しているアノネ音楽教室個人実技レッスン生向けのイベント。課題曲を演奏している姿を撮影し、動画を提出します。結果通知書は学校で渡される通知表のようなもので、1年間でその子がなにを頑張ったか、どんな風に成長したかを振り返ることのできる機会でもあります。
(*2)ベーシックコース...集団音楽教室ソルフェージュコースの小学生対象のクラス。
アノネ音楽教室 佐藤 泉純(さとう いずみ)- ”いずみ先生”
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